オルターブースなオルタナティブ雑記

オルタナティブなポエム

ぼくの生き方 初ライブ

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まだ心は折れてませんw

この画像は千葉のハードコアバンドのVAでめっちゃ好きです。

引き続きしょうもない話を書いていきますんで空いた時間にでも読んでみてください。

前回まではこちらを参照してください

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今回から本格的にバンドのこと書いていきます

とりあえず曲作り

何はともあれメンバーも集まったしバンド名も決まったしスタジオ練習しようってなりました。

正直下手くそ、みんな楽器下手くそだったんで好きなアーティストのカバーとかやってもカバーしきれないんだよねw

そもそもぼくらが好きなバンドのタブ譜*1なんてあるわけないので、耳コピなわけなんだけどとりあえず下手くそ過ぎて曲弾けないのよ。

なので、オリジナルの曲を作るしか選択肢がなくて頑張って曲作りました。

初期ヌンチャクの曲はこの頃に作った曲も多いです。曲調としてはグラインドコアなんだけど、このグラインドコアっぽいやつはほぼ僕が作ってました。

まあグラインドコア好きなんでねw当時だとBrutal TruthとかExtream Noise TerrorとかDisruptとかTerrorizerとか。

ちなみにこの時はまだドラムがいなくてドラムマシンでやってました。だからブラストビート全開の曲でも普通に作れちゃうんですよ。

これが後々に自分たちを苦しめる結果にはなるんだけどねwwww

初ライブ

なんだかんだ練習してると目標が欲しくなるわけ。当然その目標っていうのはライブですよ。

初ライブは柏にあるライブハウスで後に散々お世話になるALIVEというところ。

ここを貸しきって僕達のイベントをやることにしました。

確かVo2人の高校卒業記念だったような気もするけど定かではない。

イベントタイトルは「エスパシオ」だった気がする。後にこのイベントは「窒息ナイト」と名前を変えて柏や千葉で自主企画として定期的にやっていきます。

なんで「エスパシオ」だったかはウル覚えなんだけど、スタジオに置いてあった雑誌のQ2ダイヤル業者の名前がエスパシオだかなんだかって名前で面白いからその名前を使った、って感じだったと思う。

対バンはぼくらが使っていたスタジオの店員さんのバンドと柏のパンクの先輩方だった気がする。

まあ、こんなお遊びになおちゃらけライブなんて人は集まらないって思うけど、僕らは柏のナウなヤングでギャングなコミュニティのど真ん中にいたんで何故かライブハウス満員になってしまいましたwww

まあナウなヤングでギャングな人ばかりなんでかなり危険な雰囲気出てましたけどね。

そんなこんなでイベントは盛り上がっていき、トリである僕らの出番です。

ヌンチャクとしては初ライブですね。そう、伝説の初ライブですよ。

曲は全てグラインドコア。全員テロマスク着用で飛ばしまくり!

スチールトップな10ホールブーツ履いたお兄さんたちがしきりにステージダイブするもんだから、ステージ前は血だらけw

とにかく大盛り上がりでしたね。予想に反して。

演奏は相変わらず下手くそだったけど。

ドラムが合流

初ライブが終わり次のライブどうする?なんて話してたらドラムのリョウさんが新加入してようやくフルメンバー揃いました。

ドラムのりょうさんは一見真面目な好青年ですが、一番腹黒いですよ!!みんな騙されちゃダメ!!ww

とりあえず次のライブは自分たちの企画じゃなくてライブハウスの企画出たいよねーなんて話してましたね。

そしたら柏Punkの先輩バンドであるThe Gozzから一緒にライブやろうって誘ってもらって本八幡にあるルート14っていうライブハウスでのライブが決まりました。

対バンはThe GozzとThe Doltっていう僕達を可愛がってくれてたパンク&ハードコアなバンドです。

当然お客さんも前回と同じナウなヤングでギャングな人たちw

でもこのライブ面白かった!!!

もうハチャメチャでルート14から物凄い怒られたもんねwww

僕らにとってはライブ出来るってだけで楽しかったのに、スパイキーなパンク野郎と一緒にワイガヤできるんでホント面白かった。

ちなみに当時僕は長髪を切ったばかりでスキンヘッドにしてました。口と耳にピアスしてました。眉毛も半分無かったですw

写真はありませんが1stアルバムの中ジャケに少し載ってるかもね。

このライブ以降はとにかく毎月ライブやってた。柏ALIVE、本八幡ルート14、千葉LOOK、市川CLUB GIO、この4つのライブハウスをぐるぐる回ってましたね。

どこでやっても基本的にはナウなヤングでギャングな人しか来ませんがwww

特に千葉LOOKは柏とはまた違う千葉のハードコアの先輩方と仲良くなってよく一緒にライブやってましたね。

いわゆる千葉コアってやつですよ。

そんなこんなでライブをやり続けると急にチャンスが来るわけですよ。ホント急にね!

ッて感じで次回に続きますw

*1:ギター用の譜面

ぼくの生き方 青春編その2

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大丈夫!まだ折れません!!!

まだまだ書きますよ!!!

前回まではこちらを参照してください

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本格的にバンドに傾倒していく過程を書いた感じです。

バンド始動!!

ようやく3話目にして本題に切り込んでいきますw

訳の分からないジャパメタバンドから脱退したぼくはいつもの悪友であるGT(もうそろそろこれのイニシャル取るわw)とバンドをやろうと提案する。

彼もバンドを本格的にやりたかったようで意気投合し、翌日にはDisk Unionのメン募コーナーでVoとDrの募集チラシを貼りに行きました。

確かBrutal Truth*1Cocobat*2、Garlic Boys*3、Discharge*4とか好きな人って書いた気がする。そんなマニアックなやついねーよって笑いながら書いたと思うw

あ、ちょっと小話だけど元々ぼくはギターで、新しく始めるバンドでも当然ギターを弾くと思ってました。

ゴッチン(GTのこと)のガタイの良さから彼はベースだなーって勝手に思ってたところもあるんですけどねw

そしたらさ、あいつすげー良いギター買ったんだよ。俺のなんでBC Ritch*5っていう変形ギターの安物(とは言え当時は高級品でした)でさ。

良いギター買ったからすげー喜んでるのよ。そんな彼にやっぱベースな!って言ったところで聞き入れてもらえないし、なんか可哀想だったんでぼくがベースをやることになったんです。

でも、CocobatやWrenchを見たらベースもカッコいいじゃん!!ってなって意外とすんなりベースに転向できましたwww

ちなみに最初に使ってたベースはもう一人の友人の中島(Nくんね)のやつで、あいつがどっかに旅行に行った時にベースを真っ黒にペイントしてぼくのものとして使ってましたwww

まあ、そんな感じで担当パートも決まりあとは残りのパートだけじゃん!ってなったわけです。

メン募してから数日立った頃かな?ようやく連絡がありました。当時は携帯もないんで家電*6ですよ。("かでん"って読まないでね。"いえでん"だから!!)

電話口の彼は結構声が高くて、フレンドリーだったのを覚えてます。電話口で意気投合したぼくは早速会って話してみることにしました。

今思うとこういうのって今はSNSとかでやるんだろうね。当時は地元のレコード屋さんか音楽雑誌のメンバー募集かしなかったからね。

待ち合わせ場所は柏駅のステーションモール前。ドキドキしながら待っていると遠くからすっげーガタイの良い人2人がこちらに近づいてくるわけ。

遠目でもわかるその極悪フェイス!ww

もうピピピって来たね!!!あー俺すげーの引いたわってwww

彼らは2人で来た。こっちもぼくとゴッチンの2人。

そう、彼らというのは後にヌンチャクのVoとなる向さんとクニさんです。

あ、ぼくは一応年上の彼らには気を使っていて"~さん"って呼んでました*7。ごくごく自然に。

実はぼくとゴッチンは向さんもクニさんも前から知ってました。だってあのインパクト忘れないでしょ!!

向さんはDisk Unionに行くとよく遭遇してましたね。Death/Grindコーナーによくいましたw

クニさんは柏のスケーターと仲が良くて、そごうのまえのロータリーによくいました。

そこらへんはALIVEの向さんコラムでも書かれてますね。

ライブハウス柏ALIVE | ゲストコラム

ちょっとこの向さん記事については訂正したいのだけど、常磐線の車両内でクニさんの友達がぼくの友達から少年マガジンを借用した(かなり柔らかく書いてますw)事件があって、その時にクニさんがいたってだけですからw

彼の名誉のために言っておくと悪いことはしていません!!(だよねw)

話を戻そう。

2人で来たんですよ。Voって1人でやるものっていう感覚があったのでどちらかがドラムだと思ってました。

そしたら2人ともVoやりたいっていうんですよー。もうわがままだなーって思いましたけどね、その時はwww

でも、彼らの言葉であったり感覚に物凄い共感となんだかわからない魅力があったんですよ。

なのでぼくはゴッチンの渋い顔を横目にVo2人でやろう!って言ってたwww

ぼくは今でも思うけど、この出会いがなければ人生つまらなかっただろうなーって。

この出会いがぼくの人生を大きく変えたし、今でも2人にはものすごい感謝している。

ちなみにドラムは結局来なかったんだけど、大学受験あるからそれ終わってから合流しようってなった。

※ドラムのリョウさんは1年後に合流する。それまではぼくの持ってるドラムマシーンでやることに。

本格始動です。

バンド名をどう決めるか

バンドメンバー揃ったら次にやることはバンド名だよね。やっぱりバンド名って重要ですっごいかっこいい名前を付けたいじゃん?

なのでこのバンド名を決めるってものすっごい重要なの!!!

その日も学校帰りにスタジオM。

だいたいぼくらの下校ルートはこんな感じ。学校帰り→柏駅ステーションモールで友達探し→Disk Unionで中古レコード探し→スタジオMに集合。

バンド名どうしようかー、色々考えてこよう、かっこいいやつが良い、好きなアーティストの楽曲名からとろう。

一番始めに口を開いたのは向さんだったと思う。バンド名はさ「ヌンチャク」にしようぜ!

おいおい、ヌンチャクだって?日本語だしなんか想像していたものとまるで方向が違うんだけど!!

ぼくとゴッチンはなんて応えていいかわからなかったんだけど、向さんとクニさんは大盛り上がり。

どうやら以前にヌンチャクって言う名前のパンクバンドをやっていたらしく、いたく気に入っているらしい。

まあね、ぼくはこの2人と一緒にやるって決めた時に想像の斜め上飛んで行くような出来事がこれからたくさん起こるんだろうなってある意味ワクワクしてたの。

だからヌンチャクってバンド名、最終的にはぼくたちは「良いですよ」の一言で決まったわけ。

ちなみに、全員そこまでカンフーファンってわけでもなかったwww

ツインVoでバンド名がヌンチャク、ジャンルはグラインドコア

最強でしょwwww

という感じでとうとうヌンチャクが結成されたわけです。

さ、次回からはバンド編です。 書けないこともたっくさんあるけど、書ける範囲でw

*1:NYアンダーグランドの帝王ッて言われているグラインドコアバンド

*2:今でも活動している日本ハードコアバンド ベースのスラッピングがかっこいい

*3:ぼくの憧れで師匠的バンド

*4:UKハードコアの元祖

*5:変形ギターといったらここ ワーロック持ってた

*6:当時は一家に1つ固定電話の時代

*7:学年的には1つ上

ぼくの生き方 青春編その1

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2日目にして既に心が折れつつありますが、意外と好評だったので頑張って続けます。

前回に引き続き青春編その1として綴っていきます。

前回まではこちらを参照してください

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仲間

マニアックな音楽性はどんどんエスカレートしていくんだけど、一人でそこを攻めるのは流石に寂しい。

同じ趣味を持った仲間がいたら物凄い楽しいよね。

でも、中学生のクソガキが音楽そのものに興味を示すことすら珍しい時代*1に同じマニアックな趣味っていうのはもうほぼいない、そう思ってました。

まあ、これも運命だったんだろうねー。

たまたまメタリカだったと思うんだけど、違うクラスにいるちょっとガタイが良くて足がでかいやつ(まあ誰かは言わずもがな、だよ)に貸したんだよ。

そしたらもーハマってね!大ハマリ!!!そうなると自然と話す時間も多くなりお互い打ち解けるのに時間はかからなかった。

あともう一人また別のクラスなんだけど流行りもんが好きなチャラいやつ(こっちも言わずもがな、だな)がいて、そいつにも聞かせたら同じようにハマるわけよ。

今思うと、この2人に出会ってなければ単なるマニアックな音楽が好きな危ない少年で終わってたんだよな。そう考えると、これがぼくにとって仲間ってやつの最初の出来事だったんだよ。

高校進学

ちょっと言いづらいんだけど、ぼくはこれでも中学の頃はそれなりに頭良くてクラスでも上位チームに属していたんです。

でも、音楽にハマりギターをやりだした頃からガクンと落ちて最終的には中の下くらいなところで踏みとどまった感じです。

はっきり言って勉強大嫌いなんで全くやらなかったわけですよ。そりゃー成績落ちるわってことで。

高校は家の近くの高校にはなんとなく行きたくなかったんで、ちょっと遠い(いやかなり遠い!)茨城の私立の進学校へ行きました。

某大学付属の進学校なんですが、ぼくみたいな人でも入れた理由は試験が3教科制ではなく5教科制*2だったんです。

なので、社会と数学で点稼いで入った感じですね。

高校生活は楽しかったかと言われると、学校生活はクソつまらなかった。これだけは断言できる。クソつまらない。

軽音楽部っていうのに2年生までいたんだけど、先輩のバンドでギター弾かせてもらった時までは良かった。

でも先輩たちが卒業してからはほんとつまらない。(これわかってくれる人あまりいないと思う)

なので、とっとと外でバンドやってしまおうと思ったわけです。

初ライブ

まずぼくが最初にやり始めたのは中学の頃からの親友2人と共にやったS.O.D*3のコピーバンド。正確に言うとS.O.Dだけでなく当時好きだったスラッシュコア系のバンドのカバーをやってたんだけどね。

はっきり言って最初に始めたバンドだし演奏なんて下手くそ過ぎて泣けるわ。ちなみにその時のメンバー構成というと、ぼくと中学からの友人GTはギター、中学からの友人その2のNはベース、Voとドラムはぼくの先輩にお願いした。

GTもNも楽器初心者なんでヘッタクソなんですよwwww

いや酷いwww

それでも頑張って練習して初めてライブをするんです。場所は荒川沖っていう荒川とはなんのゆかりもない茨城のローカル駅付近にある倉庫。

あ、なんで荒川沖なんだろう。茨城なのに。

対バンは流山っていうところのちょっとやばい地域出身のバンドで、ジャーマンメタルBlind Guardian*4をカバーしてるバンド。

まあ、彼らも同世代だし仲間も似たり寄ったりな感じなんですぐ仲良くなった。

ライブが始まり、対バンのBlind Guardianコピバンが始まるとどこから湧いてきたのかヤンキーだらけwww

まあこっちも人のこと言えなけどさw

ヤンキー大暴れみたいな感じよwww

程なくしてうちらの出番ですよ。

うちらはハードコアだからイケイケガンガンでいくぜ!!みたいな感じでステージに立ったわけです。

記念すべき1曲めは忘れもしないS.O.Dの名曲「MILK」です。

Milk

Milk

  • S.O.D.
  • メタル
  • ¥150

もうね、聴いたことある人はこの曲のイントロ流れただけで鳥肌モンなんです!!わかるよね??

そんな鳥肌モンのスタートをぼくらもドキドキしながら演奏し始めるんですよ。

ベースラインが特徴的なスラッシュチューン。

ががが、、、、、

ここでトラブル発生。

ベース間違えやがった!!!!!!!

そこ間違えちゃダメやろ!!!wwww

曲知ってる人ならわかるよね???

あそこ間違えたらだめやろって!!!!

やりやがったんですよ、彼は。Nは。

まあ今となっちゃー笑い話だけど、当時はマジで切れたね。

もうそこからはメチャクチャ。演奏も何もあったもんじゃない。

とにかくメチャクチャ。

ほろ苦いデビュー戦だったわけです。

本格的にバンドへ傾倒する

ほろ苦いデビュー戦も終わってしまえばネタですよ。3人なかよく毎晩朝までぼくの部屋でCDやラジオを聴いたり。ギター弾いたり、スケボーしたり、とにかくよく一緒に遊んだわ。

ぼくとGTはどんどんギターにハマっていき、新しいバンドやろうって息巻いてましたが、Nはなんだかんだバンド活動はやらなくなりましたね。(まあ散々ダメ出ししたからやる気が無くなったかw)

たぶんここからの話は某雑誌やら誰かさんんインタビューでサクセス・ストーリーとして知られているんだけど、せっかくなんでちょっと小話いれてみようか。

一般的なエピソードだと、ここでDiskUnion*5メン募で集まったメンバーがその後ヌンチャクになるというのですが、ここはぼくのブログなんでぼくのことをもうちょいと書いてみようと思います。

ヌンチャクやる前にぼくは一人でメンバー募集、いわゆる自分以外募集ってやつをしてました。

なんとなくそこでも人は集まって、ぼくはベース、ギターはさっきの話で出てきたBlind Guardianのコピバンやってたジュン(仮名)で、ドラムがジャパメタ系バンドをやってた年上のお兄さんっていうメンツ。

Voがいないんでぼくがやってました。

もう今明かしますが、RED ZONEっていうちょっと痛いバンドです。

でも、当時はすごくてメジャーレーベル(KING RECORD)からCDも出してたんですよ。売れてたかどうかは知りません。ドラムのお兄さんが元々始めたバンドで、ぼくとジュンがあとから加入した形になったんです。

だからCDが売れてたとかは全くわかりません。

そのドラムのお兄さんはやたらと手数王で、すさまじいドラムロール捌きでしたね。

なんかそれが話題になってテレビ東京でやってた浅草橋ヤング洋品店ASAYANですよ!)に出てました。まあぼくはそういうのどうでもいいって人だったんであまりわかりませんが。

当時のぼくからするとすごい実績なんですよ。なのでぼくもすごいウキウキしてました。

でも、実際はですね、ジャパメタっていうのも失礼じゃないかっていうくらい楽曲がつまらないwwww

本人(ドラムのお兄さん)はガーゴイルとかアイオンとか好きだったんで、そういう曲にしたんだろうけどほんとつまらない!!!

なので、とっととぼくは辞めちゃいましたwwww

さて、ここで小話終了。

ようやく本格的にバンドをやろうってなりましたw

さ、続き気になりますよね!

次回お楽しみに!!

*1:そもそも千葉のど田舎なんで情報量が圧倒的に少ない

*2:千葉、茨城の私立高は3教科試験が多かった

*3:Anthraxのメンバーが中心となって結成したメタルハードコアバンド このバンドがメタルとパンクをクロスオーバーさせたと言われている

*4:ジャーマンメタルの中でもかなりスラッシーなバンドで、指輪物語なんかのファンタジー小説をモチーフにした曲が多い

*5:柏には2店舗あって、小さい方はステーションモール店、大きい方はAVANT店

ぼくの生き方 音楽との出会い編

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定期的に訪れるブログ書かないとやばいよー現象が今回も訪ねてきたんでちょっとばかし書いていこうと思います。 面白い内容ではないかもしれませんが、あなたの生き方のヒントになればと思って書いています。 肩の力を抜いて楽しんでくれれば幸いです。

ぼくの生き方っていう大袈裟なタイトルは釣りかw

すみません、ちょっとだけ釣ってます。 が、私を知る人はみんな私の人生について興味があるみたいです。 毎回色々なエピソードをお話するんですが、私も自分なりにまとめたいと思っています。 このエピソード面白い!って思ったら是非読者登録していただけると嬉しいし、モチベーション上がります。 あとぼくは人生は最大の教科書と思っています!

中学の頃の大事故

たぶん多くの方は中学生の時ってスポーツやってましたよね?(あれ?やってたよね?www)

まあ私の学校もほぼ全員スポーツ系部活に所属していて、当然私も当時流行っていたバスケットボール部に所属していたわけです。

同じ世代ならわかると思うんですが、もう滅茶苦茶流行ってましたよね?*1(あれ?はやってたよね?www)

バスケットボールって意外とハード、いや陸上競技なんかよりもずーっと走るし、跳ねるし、投げるし、物凄い疲れるんですよ。

はっきりいってぼくは下手くそだったんで結構練習してました。

バスケットボールやってるとまずジャンプ力がすごい付いてくるんです。普通のスポーツやってる人に比べて圧倒的にジャンプ力あるんですよ。

で、当時陸上部の走り幅跳びの選手が足りないってことでぼくが駆りだされたんです。

なんでぼくなんだろうってその時は思ったんだけど、今考えるとレギュラーじゃなかったぼくにチャンスをくれたのかなーなんて思っていたりしますが、現実にはじゃんけんで負けたからなんですけどねwww

仕方ないんで練習してたんです。バスケじゃなくて走り幅跳びをwww

そんなある日、いつものように練習(走り幅跳びね!)してたら、ちょっとフライングしてしまいいつもより遠くに着地したんですよ。

その時かな、左膝に物凄い衝撃が走ったんです。大きな音とともに。。。。(ゴキッ!!!!)

うわーやっちまったー、俺もう足動かなくなるんだーって本気で思いました。

だって、膝から下があさっての方向向いちゃってるし、完全に痛みもないんですよ。(もちろん動かない)

事故の原因は落とし穴

着地したところが悪かったんですかねー。運が悪いとしか言いようが無いんですが、砂場の端の方に誰かが落とし穴掘ってたんですよwwww

落とし穴って言っても凄い深いわけではなく足のくるぶしくらいの深さですかね。そこに足がハマったわけです。

掘ったひとは後から謝りに来たけど、別にどうでもよかったけどねww

全治3ヶ月の重症で、膝関節の脱臼骨折で前十字靭帯損傷*2っていう知ってる人が聞いたらゾクッとする怪我でした。

怪我をきっかけにあらぬ方向に

まあよくある話ですが、怪我すると暇なんですよ。ぶっちゃけ何もやることない。

一応学校には行くけど、体育は見学だし部活も見学。登下校も送り迎えっていうちょっと屈辱なんですよね。

そんなんで子供ながら自尊心が傷だらけになっていくわけです。

そうなるとわかりやすい話が「グレる」んですよねwwww

幸いにもぼくは「グレる」ところまではいかないんですが、別の方向に行ってしまったのです。

音楽への目覚め

ちょうどその時代って知ってる人は知ってると思うけどイカ天が流行ってた時ですよ。知ってます?

TBSの深夜に三宅裕司相原勇が司会でイカすバンド天国*3っていう勝ち抜きバンド合戦的な番組がブームだったんですよ。

ぼくもめちゃくちゃハマっていて、そこに出ているバンドを片っ端から聴いてました。

と同時に洋楽、特にヘビーメタルやハードロックなんかを聴くようになったんですよ。

まあ、そんな感じでグレるわけではなくロック狂になっていくわけですwww

もうほぼ毎日ラジオつけっぱなしで深夜までずーっと聴いてました。

そのうちギターがどうしても欲しくなったんで、怪我治ってリハビリも頑張ったら中古のギターを買ってもらうという約束を親とするわけです。

(あのときギターなんてあげなきゃよかったなってうちの親は後悔しているかもしれませんがwww)

質屋で手に入れたギター

ぼくは父に連れられて、父の知り合いの質屋に行きました。父もギターを弾いていたので何が必要かはわかっていたみたい。

当時ぼくはジュンスカとかガンズが好きだったもので、黒のレスポール*4が凄い欲しかったんですよね。

そしたらその質屋にあったんですよ!!!

黒のレスポールが!!!

父に言いました、これ欲しいと!!

確か値段は1万5千円くらい(安っ!wwww)

いや、それでも見た目は完全にレスポール(メーカーは不明)だし、とにかく欲しかったんで買ってもらいました。

それからは毎日毎日ギター弾いてましたね。ほんとに毎日毎日。

よく飽きないねーって親から言われましたけど、それしかやることなかったんで毎日弾いてましたよ。

クラスメートはTM NetworkやらBZやらXやらリンドバーグ*5やら聴いてましたが、ぼくはメタリカ、スレイヤーあたりのスラッシュからGAUZEやLIP CREAMみたいなハードコアまで聴いてたし、NAPALM DEATHもすっごいよく聴いてた。

聴いている音楽の違いや怪我して部活できない疎外感からか、学校では友達がだんだんと離れていってる気がしていてすごく寂しかったのを覚えてます。

まあ、そんな時に同じような音楽性のクラスメートが出てきたんです。

それまではそんなに接点なかったのに、急にそいつらと遊ぶようになって。。。。

この続きはまた今度でwww

次回はぼくの生き方 青春編その1ですね。

*1:スラムダンクのアレです

*2:脛骨顆間隆起骨折ッて言われてるやつです

*3:この略称がイカ天でインディーブームの火付け役的番組

*4:森純太が使ってたから

*5:リンドバーグは好きです